2025年6月の労働安全衛生規則の改正により、職場の熱中症対策は罰則付きの法的義務になりました。さらに2026年3月には厚生労働省が「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を策定し、企業が取り組むべき内容がより具体的に示されています。
安全管理を担当する方は「義務化で何をすればよいのか」「自社の対応は足りているのか」と整理に悩むケースも少なくないでしょう。
そこで本記事では、厚生労働省のガイドラインに沿って、熱中症対策義務化で企業がやるべき対応を手順に沿って解説します。安全見守りサービス「Work Mate」の開発・提供を通じて製造業・建設業の現場対策に携わってきた知見も交えながら、まず押さえるべき基本から具体策までを整理しました。自社の対応状況を点検する参考にしてみてください。
【2025年6月施行】熱中症対策義務化で何が変わったのか
2025年6月1日に施行された労働安全衛生規則の改正により、職場の熱中症対策は事業者の法的義務になりました。これまで現場の裁量に委ねられがちだった対応が、法令に基づく対応として明確に位置づけられたかたちです。
対象となる作業がある企業では、自社の対応が法令の求める内容を満たしているかどうかの点検が必要です。まずは何が義務化されたのかを正確に押さえておきましょう。
早期発見・重篤化防止の仕組みが「罰則付きの義務」へ
従来、飲料水や塩分の備え付けといった予防措置は義務として規定されていましたが、初期症状の早期発見や重篤化を防ぐための具体的な仕組みづくりは、義務として明確化されていませんでした。しかし、2025年6月からはこれらも罰則付きの法的義務に強化されています。
基準を満たさずに対象作業を行わせた場合は、労働基準監督署からの指導や是正勧告の対象となります。改善が図られない場合には、罰則の対象になり得る点にも注意が必要です。
義務化された3つの対応(体制整備・手順作成・周知)
今回の改正で事業者に義務付けられたのは、以下の内容です。
- 「熱中症の自覚症状がある作業者」や「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」がその旨を報告するための体制整備及び関係作業者への周知。
- 熱中症のおそれがある労働者を把握した場合に迅速かつ的確な判断が可能となるよう、①事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等②作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送等熱中症による重篤化を防止するために必要な措置の実施手順の作成及び関係作業者への周知
いずれも自己申告任せにするのではなく、組織として仕組みを整え、関係者に共有しておくことが求められている点が特徴です。
2026年3月のガイドラインで具体策が明確化
2026年3月18日には、厚生労働省が「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を策定し、企業が取り組むべき内容がより具体的に示されました。ガイドラインは大きく「熱中症リスクの評価」と「リスクに応じた措置」の2つで構成されています。
このうち「リスクに応じた措置」は、次の6つの観点で体系的に整理されています。
- 労働衛生管理体制の確立(責任者の選任や報告体制の整備)
- 作業環境管理(WBGT値の低減、休憩場所の整備)
- 作業管理(作業時間の短縮、暑熱順化、水分・塩分補給、服装の工夫、巡視)
- 健康管理(健康診断の活用や日々の体調確認)
- 労働衛生教育(管理者・作業者への教育の実施)
- 異常時の措置(発症時の応急処置と緊急連絡)
本記事の以降では、これらの観点を踏まえながら、義務対応として企業がやるべきことを手順に沿って具体的に解説します。
熱中症対策義務化で企業は何をするべきか
熱中症対策義務化に向けて企業がすべきことは、厚生労働省の「職場における熱中症対策の強化について」にまとめられています。そこで、以下のように自社の対策方針を固める作業に取り組みましょう。
- 義務化の対象範囲かどうかを確認する
- 早期発見のための報告体制を整備する
- 運用ルール・マニュアルを作成する
- 関係者に熱中症対策を周知する
ここでは、推進すべき4つの具体的な手順を順番に解説します。
義務化の対象範囲かどうかを確認する
まずは自社の業務や現場が、義務化の対象に含まれるかどうかの確認が必要です。厚生労働省が定める以下の基準に従い、自社が対象範囲に含まれるかを見極めましょう。
- 環境条件:WBGT28℃以上または気温31℃以上
- 作業条件:連続1時間以上または1日4時間を超える業務
熱中症対策義務化の対象となるのは、環境条件と作業条件のどちらも満たす場合です。建設業や製造業の現場だけでなく、空調の効かない物流倉庫や屋外での営業活動など、幅広い業種が対象に含まれる可能性があることに注意しましょう。
熱中症リスクを示す「WBGT値」
熱中症対策の基準として用いられるWBGT値は、気温・湿度・周辺の熱環境(日射や輻射)から算出される暑さの指標です。人間の体感温度に近いため、熱中症のリスクを客観的に評価する指標として用いられています。
作業場所のWBGT値を測定する方法としては、専用機器を使った実測が一般的です。ただし、WBGTの測定器を現場に設置する必要があるため、準備が間に合わない場合は環境省の「熱中症予防情報サイト」でも参考値を確認できます。
早期発見のための報告体制を整備する
熱中症を未然に防ぐには、体調不良を早期発見するための報告体制の整備が欠かせません。現場で異変が起きたときに、症状の判断や対応指示を「誰が実行するのか」を明確に定めておきましょう。
初期症状を見逃さないためには、異変を感じた本人だけでなく、周囲の作業員が気づいた段階で報告できる仕組みづくりが必要です。熱中症は判断力が低下する症状を伴うため、本人の自己申告に頼る運用にはリスクがあります。
現場のリーダーから安全管理者へ連絡し、速やかに救護措置へ移行できる報告体制が理想的です。
運用ルール・マニュアルを作成する
報告体制の整備に加え、現場の作業者が迷わずに行動できる明確な運用ルールも必要です。運用ルールがあいまいな状態では、緊急事態に直面した場面で適切な処置ができず、重大な事故につながる危険性が高まります。
運用ルールを徹底するには、誰が担当しても同じように行動できるマニュアルの作成が欠かせません。休憩場所の温度設定や常備すべき飲料の種類・数量など、細かく指定しておけば現場ごとの対策のばらつきも防げます。
とくにガイドラインで求められている「異常時の措置」は、マニュアルに具体的な手順として落とし込んでおきましょう。熱中症を疑う症状(ふらつき・めまい・頭痛・けいれんなど)が出た場合は、ただちに作業を中止して涼しい場所へ移動させ、身体を冷やしながら水分・塩分を補給する、といった応急処置の流れを明文化しておくことが重要です。
また、熱中症対策にかかわる新たなガイドラインが発表された場合には、速やかにマニュアルを見直すことも必要です。各現場のルールを定期的に監査しながら、最新の基準を満たす運用を継続しましょう。
関係者に熱中症対策を周知する
運用ルールとマニュアルの作成を終えたら、現場の責任者や作業者、さらには協力会社の従業員への周知が必要です。共通の認識を組織全体で共有できなければ、現場レベルでルールが形骸化してしまう可能性が高まります。
運用ルールを現場に定着させるには、夏場を迎える前に教育や研修の機会を設ける施策が効果的です。とくに以下の観点が共有できるように、わかりやすく解説する場を用意しましょう。
- 熱中症の初期症状と発生リスク
- WBGT値の正しい確認方法
- マニュアルに沿った報告の手順
なお、2026年3月のガイドラインでは、労働衛生教育の時間の目安も示されています。熱中症予防管理者向けには計225分、職長等向けには計60分が示されるなど、対象者ごとに必要な教育のボリュームが整理されているため、研修を設計する際の参考になります。
教育の実施記録は、労災事故の発生時に説明責任を果たすための欠かせないデータです。参加者の名簿や解説に使用した資料を残しておけば、会社として適切な指導を行っている証明として機能します。
熱中症対策として現場レベルで取り入れるべき具体策
前章では、組織として整えるべき「仕組み」(対象確認・報告体制・マニュアル・周知)を解説しました。本章では、その方針を現場で実際に機能させるための「具体策」を紹介します。設備や作業手順の改善を中心に、現場の状況に合わせて組み合わせていきましょう。
- 日陰や休憩場所を設置する
- 作業時間や服装などを見直す
- 作業者の健康を管理する
- 労働衛生教育を実施する
まずは各事業所の現状を把握しながら、不足している設備やルールの洗い出しに着手してみましょう。
日陰や休憩場所を設置する
現場の熱中症リスクを低減するには、屋根や日除けの設置が効果的です。直射日光を遮るだけでも体感温度が下がり、作業者の身体的な負担を軽減できます。
屋内外にかかわらず、扇風機やスポットクーラーによる対策も有効な手段です。屋内や半屋外の作業環境でも、空気が滞留すると熱中症のリスクが高まります。
また、設備改善に加えて、作業者が安全に休める休憩場所の確保も欠かせません。現場近くに冷房設備のある休憩所を配置し、いつでも体温を下げられる環境も整えておく必要があります。冷房設備の導入が難しい場合は、風通しのよい日陰を活用しながら涼しい休憩場所を確保しましょう。
作業時間や服装などを見直す
作業環境の設備改善に加えて、労働時間や当日の服装を見直すルールも策定しておきましょう。たとえば、当日のWBGT値に応じて、以下のように作業時間や休憩時間を柔軟に変更するようなルールを設けておくと安心です。
WBGT値 | 作業時間の設定例 | 休憩時間の設定例 |
31℃を超える | -(作業を中止する) | -(作業を中止する) |
28~31℃ | 連続15分に制限 | 作業ごとに45分以上 |
25~28℃ | 連続30分に制限 | 作業ごとに30分以上 |
24℃以下 | 連続45分に制限 | 作業ごとに15分以上 |
作業の前後や休憩中には、水分や塩分の摂取を定例化する取り組みも効果的です。自覚症状の有無にかかわらず、体内の水分は汗として失われています。体調の悪化を自覚する前に、現場で定期的に声かけを行うような運用を取り入れてみましょう。
また、夏本番の前に身体を徐々に暑さへ慣れさせる「暑熱順化」の期間を設けることも、2026年3月のガイドラインで挙げられている有効な取り組みです。作業中の体温調節には、通気性や透湿性が高い服装の選定も欠かせません。とくに風通しの悪い環境で作業する場合は、小型ファンを内蔵する空調服による対策も検討してみてください。
作業者の健康を管理する
熱中症対策義務化の要件を満たすには、現場で働く作業者の健康状態を管理する体制づくりも欠かせません。とくに睡眠不足や飲酒による体調不良は、作業時の悪影響を及ぼす大きな要因です。
作業者の体調不良を見逃さないためには、作業開始前の健康チェックを徹底する必要があります。以下のような観点で、作業者から自覚症状を申告してもらいましょう。
- 睡眠は十分とれているか
- 体調不良の自覚はないか
- 朝食をしっかり食べたか
- 前日に飲酒していないか
また、定期健康診断の結果をもとに、作業者の身体状況を把握しておくことも重要です。とくに糖尿病や高血圧などの基礎疾患をもつ人は、熱中症の発症リスクが高まりやすい傾向にあります。個別の配慮が必要かどうかを判断し、安全に働ける人員配置を検討しておきましょう。
労働衛生教育を実施する
現場の作業員が適切な行動を判断するためには、継続的に労働衛生教育を実施する必要があります。朝礼や定期ミーティングの時間を活用し、熱中症に関する基礎知識や過去の労災事例を周知しましょう。
熱中症の初期症状(筋肉の硬直やめまいなど)は、本人も周囲も気づきにくい傾向があります。発見が遅れると命に関わる危険な状態に陥るため、どのような症状が「危険なサインなのか」を事前に把握しておくことが大切です。
言葉だけの説明では伝わりにくい場合は、症状や予防方法を動画で共有すると理解が深まります。緊急時の対応フローや連絡網・責任者などを含め、組織全体で迷わずに動ける体制を構築しておきましょう。
熱中症対策義務化は「組織で仕組みをつくること」が鍵
熱中症対策義務化に対応するには、現場任せの判断ではなく、組織としての仕組みづくりが欠かせません。本記事で解説した手順を参考に、自社の対応状況を点検してみましょう。
- 対象範囲を確認し、報告体制・マニュアルを整える
- 現場で実行できる具体策を導入する
- ルールを関係者へ周知し、定着させる
そのうえで、ウェアラブルデバイスのような技術の活用は、現場の安全管理をさらに強化する有効な手段です。ただし、デバイスを導入しただけでは十分ではありません。アラートが届いた後に、作業者が実際に行動を変えられるかどうかが労災予防の本質です。
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